自然の美にかなうものはないのかもしれません。山と湖に映り込む景観の美しさと言ったら・・・

写真に撮るにせよ、絵に描くにせよ鑑賞者にとっては「美」はその人のモノです。作者のモノではありません。

これはフランスの文芸評論家ロラン・バルトの「主体の死」の概念ですね。主体(私)は構造に基底されている。作品「テクスト」自体を冷静に見るべきだと言っているのです。

その構造主義の視点からマルクス主義を分析したフランスの哲学者ルイ・アルチュセールは、人間の主体化はそもそも何らかのイデオロギーによって可能になっているのであり、われわれはこうした完全に逃れ去ることはできないイデオロギー論、「芸術」に限って考えると、人は「美」についてもっと研究すべきだ。というイデオロギー論を構造主義の視点から見つめなおしているのです。

物事に「一貫性」はない。世界や歴史は、一本のストーリーではなく、いくつものショートストーリーが並んで作られたものである。

つまり、何が言いたいかというと、物事に「一貫性」はなく、進化する場面を想像するとコツコツと積み上げて来てずっとこのままかと思っていたものがあるとき急に進化する場合もあるということです。

主体なき構造主義。

暑い最中、こんな事を考えながら作品制作に勤しむのも一興かもしれませんね。