京都で30年以上ギャラリーを営まれているオーナーの方のお話を聞く事ができました。
ほんの少しだけシェアさせていただきます。

まずは歴史から。

日本初の画廊は1910年、文化人の高村光太郎が神田淡路町に「琅かん洞(ろうかんどう)」という画廊を開きました。「琅かん」は中国産の青い硬玉で、「青い洞窟」のような細長い空間をイメージしていたらしいです。

「画廊」という名称は1930年、大阪毎日新聞記者大塚銀次郎が創設した「神戸画廊」です。当時すでにフランスにあった画家たちが集う「ギャラリー」をイメージし、大阪朝日新聞記者朝倉斬道がもじって命名したそうです。作家たちが作品を展示する場所を求めていた歴史がわかり興味深いですね。

「ギャラリー」と「画廊」は、ほぼ同じ意味で使用される名称ですが、発祥には少し違いがあるようです。

身近なギャラリーには大きく4つあるとのこと。

「貸しギャラリー」「企画ギャラリー」「アーティスト・ラン」「企業によるギャラリー」

鑑賞者、作家、コレクターにとって行きやすい、展示しやすい、買いやすいギャラリーを取捨選択して利用することになるのでしょうが、1960年代以降に定着した日本独特の画廊の形態である「貸画廊」。
今でこそ有名な作家達もかっては自分の作品を展示する場所を模索し、その中で「貸画廊」を足がかりにその後大きく成長している事を考えると、
『「貸画廊」が戦後日本の「現代美術」の歴史と同伴していることはまちがいないようだ。』
(美術評論家 福住廉 著者)